震災の記憶と復興の現状を、交流を通じて感じる浜通りバスツアーレポート

震災の記憶と復興の現状を、交流を通じて感じる浜通りバスツアーレポート

「時の海 - 東北」プロジェクトは、デジタルカウンターを使った作品で知られる現代美術家・宮島達男が、東日本大震災の犠牲者の鎮魂・震災の記憶の継承を願い、東北に生きる人々、そして東北に想いを寄せる人々と共につくりあげるアートプロジェクトです。

3,000名の人々がワークショップを通して関わり、彼らの想いが詰まった3,000個のLEDカウンターガジェットが22.5×40mの水盤のなかで光り輝く作品《Sea of Time - TOHOKU》。この作品を福島県富岡町に恒久設置するための新しい美術館を建設することが決定し、2025年2月3日に東京都内で記者発表を、そして同月7日、メディアの方々をお連れして福島県浜通りエリアのバスツアーを開催しました。当記事では、2月7日に開催したバスツアー当日の模様をお届けします。
文・写真=原口さとみ(「時の海 - 東北」プロジェクト広報)

旧校舎で感じる、浜通りのビジネスの息吹

東京丸の内から福島富岡町までは、車で約4時間。「時の海 - 東北」プロジェクトの地域コーディネーターを務める、NPO法人インビジブルの山本曉甫より、「今日訪れる福島浜通りという、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって変化した“環境”や、それによる移住者・帰還者といった“人”、そして“場所”そのものにトータルで出会い、美術館がこの地にできることの意義を感じていただけたらうれしい」というイントロダクションからツアーはスタートしました。

最初の訪問地は、大熊町の「大熊インキュベーションセンター(OIC)」。旧大野小学校の廃校舎を改修し2022年にオープンした、スタートアップ企業が入居したり、町民も利用する施設です。古くから県内でもさまざまな文化交流のあった大熊町は、3.11以降帰還困難区域に。11年という歳月を経て、インキュベーションセンターという様々な人や活動が行き交う場がまた新たに生まれました。

放送室はWeb会議室に。保健室は仮眠室に。といった具合に、施設がもつかつての機能を生かしながら、オフィスやコワーキングスペースといったビジネスエリアと、誰でも自由に利用できる交流エリアで構成されています。

元放送室の壁には、当時の生徒の落書きが残っている

交流スペースの売店には、入居企業の商品も並ぶ

当時図書室だった交流スペースの床に残る、長期間地震で落ちたままだった本の跡

今まさに帰還者・移住者が増えつつある浜通りは、飲食店やコンビニ等の商店がまだ点在しており、モビリティの活用に取り組む企業の実証実験も行われているそう。
写真は、そうした一企業のプロダクト

なお昼食のお弁当は、大熊町の南に位置する富岡町の夜の森よのもりのカフェレストラン「RaFand」によるもの。富岡町で営農を再開した農家さんの野菜も取り扱っているそうで、とても美味しくいただきました。(※OICで予約を承っているものではないため、お問い合わせ等は施設になさらないようお願いいたします)

RaFandについてはこちらから

離散を経て、再び手を取り合うコミュニティ

大熊町から富岡町への道中は、富岡町出身で現在は浜通りを拠点に演劇をはじめ、さまざまな活動に取り組む秋元菜々美さんのガイドによって巡りました。

3.11当時中学1年生だった菜々美さんは、当初千葉の内陸に避難したのち「やっぱり海沿いがいい」といわきへ転居。その後浜通りへ帰還されました。というのも、いわきという同じ福島県内でも、被災の度合いは全く異なり、原発事故のことをオープンに話すことはなかなか難しかったそう。そんななか、高校で出会った演劇で「俯瞰で対象をまなざす」経験を味わい、芸術を通して震災を振り返るなかで「富岡町へ戻ろう」と16歳で決意したと話します。

浜通りツアーのガイドを務めた、秋元菜々美さん

「富岡町は地盤がよく、2011年3月11日の夕方は、震度の割には家屋は崩れていない、という感覚でした。震災直後の避難先では、明日にでも家に戻ろうと家族で話していたほどです。でも、徐々に原発事故の状況が明らかになってきて、夜から避難指示が出始めて、翌朝には隣町へ、そしてまたさらに隣町へと、受け入れてくれる自治体へみんな離散しながら西へ西へ避難していった。そうして結局6年ものあいだ避難生活がつづき、学校や会社などみんなそれぞれの生活が避難先で構築され、富岡町でのコミュニティはばらばらになりました」

現在26歳となった菜々美さんの口から語られる当時の現実を聴きながら、窓の外で未だに解体工事中の家屋を眺めたり、時が止まったような商店を通り過ぎたり、バスの中では一人ひとりが被災地の現場に向き合う時間が流れていました。

現在は太陽光パネルが設置されている、当時の田畑

帰還困難区域は、段階を踏みながらエリアごとに解除されていき、現在も解除されていない場所はあるものの、住人が戻りつつあります。その現れのひとつは、教育機関。

当時5つあったこの地域(福島県双葉郡)の高校は、避難先各地でサテライトで運営を続けていたものの休校となった一方、新たに「福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校」が開校し、まだ義務教育となる前から探究学習が科目に入るなど、校名にもある「未来」を感じさせるビジョナリーな活動が行われています。

他にも、いま富岡町で暮らす人々によるプロジェクト「夜の森ピクニック」が行われていることが紹介されました。その背景にあるのは、震災後に多くの支援に助けられたものの、与えられるばかりの立場はそれはそれでつらいということ。互いに支え合う関係性をつくるために、みんなで遊びたいものや、あったらいいいなと思うものを持ち寄ったり、出店したり、参加する一人ひとりが心地よいと感じる場所を自らつくっていけるように表現活動の場を開いたのだと菜々美さんは話します。

夜の森ピクニックが行われている夜の森公園。
桜の名所で、春になると古いものは明治期からつづくたくさんの桜が咲き誇る

夜の森公園から程近くにある井手則雄の彫刻作品《萌える》。
戦後の詩人であり彫刻家の井手則雄が遺した「科学が正しくあるためには、芸術の想像力も重要である」「人間以外の物質の存在に心を寄せる」という言葉が菜々美さんから紹介され、原発の廃炉にも100年以上かかるということにどう向き合うかという視点が提示された

作品、記憶、自然に向き合い、人が集う場へ

「『浜』通り」「作品は海の見える場所に設置する」など、海にまつわる言葉が頻出するプロジェクトにもかかわらず、バスツアーはここまで海が見える場所は通っていません。しかしついに海の見える場所へ。美術館の建設予定地に到着です。三方が山に囲まれ静かに海を望めるこの場所について、現代美術家・宮島達男が案内しました。

予定地でメディアの方々を迎える現代美術家・宮島達男

またサプライズで、富岡町の山本育男町長と竹原信也副町長がお見えになり、《Sea of Time - TOHOKU》がこの地に設置されること、美術館が建設され、人々が集う場がここにできることへの期待と喜びをお話しくださいました。

左から、竹原信也副町長、宮島達男、山本育男町長

杉林からぶどう畑へ。コミュニティの再形成に臨むワイナリーの挑戦

次に訪れたのは、予定地からほど近くにある「とみおかワインドメーヌ」のぶどう畑。ここはもともと杉林で、そもそもぶどう畑が育つかどうかもわからない場所だったそう。それでも、手探りで時に専門家に意見をもらいながらボランティアとともに300本の苗木からスタートし、現在も目標の16,000本を目指して植樹を続けているそうです。

そう畑を案内してくださったのは、もともと山梨県でぶどう栽培に取り組み、現在は富岡町に移住された、とみおかワインドメーヌ統括リーダーの細川順一郎さん。

とみおかワインドメーヌ統括リーダーの細川順一郎さん。
圃場が海から近いため、とみおかワインの風味はミネラルを感じる味わいとのこと

目標の16,000本という数字は、3.11前の富岡町の住民数であることや、2016年に10名の有志でスタートしたぶどう栽培や醸造に、これまで2,500名もの方々が関わるまでに成長したこと。そしてその2,500名というのは、現在の富岡町の住民数と同じであり、関係人口が広がっていることを説明してくださいました。

そして、2025年4月についにワイナリーをオープンすることが決まり、ショップやレストランも併設するワイナリーがオープンすることで、より関係人口が増えることの期待を述べ、「ぶどう栽培やワイン醸造は、おいしいワインを造ることの先にある、富岡町のコミュニティの再形成こそが最大の目的です」と話しました。

富岡漁港や東京電力福島第二原子力発電所を望むぶどう畑。中央の塔辺り一帯が福島第二原発

福島の「現在」で活躍する人々との出会い

ツアーの最後には、浜通りで活躍する方々にも参加いただき、おひとりずつの活動紹介ののち、ツアー参加者との交流会が行われました。

醸造所、インバウンド向け観光、子育て支援、クリエイティブワーク……多岐に渡る、浜通りの現在に息づく数々の仕事の話をご本人から直接聞き、メディアの方々が短い時間のなかでもたくさんの方と交流されている様子が印象的でした。また、浜通りの仲間同士でも、近況報告をし合う様子も伺えて、こうして新たなアイデアが生まれるのかもしれないと感じた時間でした。

そして、最後に宮島から「あれこれと現場の外で机上の空論を交わすのではなく、現実からこそ希望が生まれる」という強いメッセージでツアーが締めくくられました。

ご参加いただいたみなさま、本当にありがとうございました。

ご参加いただいたみなさま(五十音順、敬称略)

交流会に参加した、浜通りで活躍するみなさま

SPECIAL THANKS

会場提供

飲食提供

運営協力

広報・PR

 

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