現代美術家・宮島達男が、2015年の作品構想から10年以上にわたって活動を継続し、3,000名近くの方々との対話を重ねながら、作品《Sea of Time – TOHOKU》の制作を続けている「時の海 - 東北」プロジェクト。現在、2029年の竣工を目標に、福島県富岡町にこの作品を恒久設置する「時の海 東北 美術館」の建設準備が進んでいます。
この取り組みの一環として、2026年7月、協賛:三井不動産株式会社、後援:富岡町のご協力のもと、東京・日本橋三井ホールにて作品《Sea of Time – TOHOKU》の公開実証実験を実施しました。これは、「時の海 東北 美術館」での恒久展示に向けた最終段階の検証プロセスを一般公開するもので、実際の展示に最も近いかたちで作品を体験できる機会となりました。
さらに、その関連企画として、プロジェクトの進捗状況や未来への展望を語るトークイベントが、7月5日に東京ミッドタウン八重洲にて開催。トークには、美術館のヴィジュアル・アイデンティティ計画などを手がけるグラフィックデザイナーの長嶋りかこさん、美術館の建築設計を手がける建築家の田根剛さん、そして、「時の海 - 東北」プロジェクトを主宰する宮島達男と「時の海 - 東北」プロジェクトディレクターの嘉原妙が登壇しました。
後編では、当日のクロストークの様子を、「時の海 - 東北」プロジェクトスタッフの藤澤あおいがレポートします。
左から、田根剛さん、長嶋りかこさん、宮島達男、嘉原妙。
執筆:藤澤あおい
編集:嘉原妙
撮影:渦波大祐
藤澤あおい(ふじさわあおい)
2004年生まれ、福島県郡山市出身。東北芸術工科大学デザイン工学部コミュニティデザイン学科4年。大学1年生で富岡町を訪れて以来、インターンシップや地域実習を通して富岡町に通い続けてきた。そのなかで、学生の視点から富岡を記録した冊子制作や、アートを介して学生と地域をつなぐ活動に取り組んできた。現在は「時の海 - 東北」プロジェクトスタッフとして活動している。
人間には何もできない、それでもアートなら
トークイベントの後半は、長嶋さん、田根さん、宮島によるクロストークが行われました。まず嘉原から三人へ、「実証実験の作品を前に、どのようなことを感じたか?」との問いかけから始まりました。
田根さんは、想像していたものとは異なる心の動きがあったと振り返ります。デジタルカウンターという人工的で無機質なものが、不思議なほど人の想像力や感情を引き寄せ、さまざまな思いを呼び起こしていく。その体験から、この作品が福島の大自然の中に置かれたとき、さらに大きな力になることを確信したと語りました。
長嶋さんも、図面で何度も見てきた空間を実際に体験したことで、印象が大きく変わったと話します。会場内にも開口部が実際に設けられていたことにより、陽の光や風、海の音など周辺の環境との関係も作品の一部となって作品が完成するのだと、強くイメージが沸いたと語りました。
©ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects
続いて宮島は、作品と美術館の「開口部」の関係について触れました。
まず、宮島は会場に向かって「開口部を閉じた方がいいと思った方はいますか?」と問いかけると、数人が手を挙げました。宮島はその反応を「正しい」と受け止めます。なぜなら、宮島のLED作品は暗い展示空間で鑑賞されることが多く、光を遮断した方が作品の存在感は際立つからです。
しかし今回の作品では、構想当初から開口部の先に海が見えることを大切にしてきました。自然光が差し込めば、作品は見えにくくなるかもしれない。それでも宮島は、あえて自然に開かれた環境を選ぶのだと言います。
「震災当時、僕は人間に絶望したんです。テクノロジーが発達し、人間は何でもできると思っていた。でもあの時、東北沿岸部で人間は何もできなかった。本当に人間の無力さを実感しました」と語る宮島は、「アンコントロールな状態こそ、本来はナチュラルな状態」だと気づいたと言います。全てを思い通りに設計するのではなく、自分たちでは制御できない環境と向き合いながら、それでも作品として成立すること。その挑戦こそが、3.11以降の自身の作品制作の姿勢になっていると語りました。だからこそ、《Sea of Time - TOHOKU》では、光や風、時間の移ろいなど、人間には制御できない自然の要素を積極的に取り入れようと考えているのです。
開口部から差し込む夕陽。その時、その場所でしか生まれない、作品の見え方。
さらに宮島は、「戦争の反対はアートである」と語ります。一般的には「戦争の反対は平和」と考えられます。戦争が暴力や破壊、不信といったマイナスの方向へ向かう力だとすれば、平和とはそのマイナスが取り除かれたゼロの状態に過ぎません。では、その先のプラス方向には何があるのか。宮島は、それこそが「アート」だと語ります。
「言葉や立場の違いを超えて人をつなぎ、共感を生み出すアートは、暴力や破壊とは正反対のベクトルを持つ営みです。だからこそ、戦争の反対はアートであり、戦争を阻止するためには、アートしかないと思っています」と宮島は続けました。
「人間には何もできないという絶望に対して、アートなら一矢報いることができるかもしれない」。宮島のその思いを受け、田根さんは、このプロジェクトを通して伝えたいことは「希望」だと語りました。希望を持つことや未来を思い描くことが難しい時代だからこそ、この場所が未来に希望を見いだし、これからを考えるきっかけになってほしいと。

社会や地域の未来に働きかけるものの一つに、デザインがあります。そしてデザインには、「課題を解決すること」や「新しい価値を生み出すこと」が強く求められます。富岡町でも、震災復興や地域創生に向けた多くの試みが行われています。その一方で、さまざまな人の思いや経験、地域の歴史と現在が複雑に重なり、簡単には整理できないものがあると感じています。
すべてをわかりやすく整えることが、答えになるとは限りません。そんなときに必要なのが、アートが持つ「受け止める力」なのだと思いました。制御できないものや異なるもの、矛盾や迷いを無理に整理せず、そのまま抱えて受け止めること。「時の海 東北 美術館」は、そうした整理しきれないものと向き合いながら、誰かと共に考え続けるための場所になるのだと思います。
それぞれの現在地から、福島と向き合う
「私、最初すごく戸惑いがあったんです」。長嶋さんは、当初抱いていた福島への「わからなさ」について語りました。放射線のこと、原発のこと、そこに暮らす人々のこと。わからないからこそ、自ら福島との距離を遠ざけてしまっていたのだと言います。
「それって、たぶんみなさんにもあることなのかなと思うんです。そこに蓋をしないでほしくて」。そして美術館には、「その蓋を開けて、今どういうことを思っているのかを交わす場になってほしい」と話しました。
長嶋さんは、宮島から伝えられた「アウフヘーベン」という言葉にも触れました。アウフヘーベンとは、ドイツ語で「保存する」「破棄する」「物事をもう一つ高い位置に持ち上げる」という、複数の異なる意味を持つ概念です。
相反する考えを、単純にどちらか一方へ決着させるのではなく、自分の中で大切にしたいものは残しながら、異なる意見を受け止め、考えをもう一つ進めていく。その言葉を受けて、そうした姿勢を大切にしたいと思えたのだと言います。

福島との距離は、住んでいる場所や訪れた回数、震災経験の有無、知識の量といった要素だけで整理できるものではありません。むしろ、一人ひとりの中で異なる、もっと複雑なものだと思います。わからなさも、ためらいも、迷いも、その人が福島に触れたときに生まれた一つの言葉や感覚です。長嶋さんの「蓋をしないでほしい」という言葉は、福島との距離を無理に縮めるのではなく、その距離があること自体を閉じてしまわないための呼びかけのようにも感じられました。
完成前からひろがる、美術館の物語
「時の海 東北 美術館」では、「普請(ふしん)」という考え方を大切にしています。田根さんは、「普く(あまねく)」と「請う(こう)」という字が示すように、多くの人々に協力を請い、それぞれの技術や力を持ち寄って、みんなでつくることだと説明しました。
その「普請」を体現する取り組みの一つが、「時の海 東北 美術館」を応援する会です。2024年、プロジェクトに共感した富岡町の方々を中心に発足し、現在は町内外から美術館に思いを寄せる人々が集まり、LINEグループの参加者は270名を超えました。
応援する会の活動は、美術館の完成をただ待つものではありません。建築予定地では、植樹/植栽ワークショップや草刈りのほか、星空鑑賞会や元朝参りなどを実施。建物ができる前から、その土地で時間を重ね、美術館の物語を共につくっています。さらに、今回のトークイベントや実証実験でも、多くのメンバーが会場運営のボランティアとして携わり、「普請」のあり方を感じさせる光景が広がっていました。
例えば、実証実験の作品を前に、「このサイズは?」「これは何個あるの?」「配置はどうなっているの?」と作品制作の細やかな部分まで質問が飛び交い、和気あいあいとした雰囲気で話をする姿を目にしたり、トーク会場では、応援する会の活動写真がスクリーンに映し出されると、自分たちの姿を指差し、笑顔を交わす様子も見られました。その姿からは、単に作品を鑑賞するだけでなく、制作過程を見守り、美術館ができていく過程を共に支えよう、共につくる一員だというみなさんの意思を強く感じました。
「時の海 - 東北」プロジェクトは、作品をつくることも、美術館をつくることも、一人で成し遂げるものではありません。関わる人々がそれぞれの立場から力を持ち寄り、共につくる。そこにあるのが、「普請」という考え方なのです。
初日の開始時間に訪れた、富岡町の応援する会のメンバー
Q&A
資本主義社会におけるアートとは?
会場からは、「アートが社会に希望を生み出すためには、行政や企業などの経済との関わりが欠かせない。その難しさをどのように考えているのか?」という質問が寄せられました。宮島は、自身が大きな影響を受けた芸術家、ヨーゼフ・ボイスのエピソードを紹介しました。
1980年代、資本主義を批判してきたボイスが、企業の支援を受けて日本で展覧会を開いた際、学生から「資本主義に反対しながら、企業の支援を受け取るのは矛盾ではないか」と問われたと言います。ボイスは、「すべての人間は芸術家である」という自身の思想をもとに、「企業も、お金の使い方を間違えなければアーティストになり得る」と答えました。
重要なのは、資本主義そのものを善悪で判断することではなく、資金が何のために、どのように使われるかということです。社会に開かれ、人や未来のために活かされるのであれば、それは是とする。宮島は、ボイスの思想を紹介しながら、アートと経済の関係について考えを示しました。
その考え方は、「時の海 - 東北」プロジェクトの運営にもつながっています。「時の海 東北 美術館」の実現に向けて、本プロジェクトでは資金支援を行う「サポート・アーティスト」を募集しています。作品制作や美術館建設に向けた活動は、宮島自身の資金に加え、プロジェクトの理念に共感する方々からの寄付によって支えられています。
さらに、企業との新たな取り組みも始まっています。
今回の実証実験と同時期、震災後からワインづくりに取り組む「かわうちワイン株式会社」「株式会社ふたばラレス(とみおかワイナリー)」とのコラボレーションが実現。宮島によるオリジナルラベルのワインが販売され、売上の15%が美術館の設立資金として寄付されます。
この取り組みは、ワイナリー側の提案から生まれました。かわうちワイン株式会社の北村秀哉さんは、「ワインとアートには親和性がある」と語り、プロジェクトに協賛するなかで、「3,000人の一人として、自分にも何かできることはないか」と考えたことが提案のきっかけだったと話しました。

かわうちワイン株式会社の北村秀哉さん
このほかにも、田根さん、長嶋さん、宮島の三人の考えや美術館の構想をさらに深める質問が、会場から次々と寄せられました。問いを開き、対話を重ねながら理解を深めていく時間は、「時の海 - 東北」プロジェクトが大切にしてきた、共につくる姿勢そのものを感じさせるものでした。
—
三人の話を聞いて見えてきたのは、ひとつの答えや完成された未来像ではなく、迷いや違いを抱えながら、共につくり続けていく未来でした。
「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」。宮島が長年掲げてきたこの3つの言葉に、プロジェクトが歩んできた時間と、これからも続いていく時間が重なります。
誰かの胸の内にあった言葉が、ふと溢れる。それを別の誰かが受け取る。自分にとって大切なものを確かめたり、異なる考えに触れて考えが少し変わったりする。そんな小さな対話と変化が、この場所で生まれ続けていく。その一つひとつの時間が重なっていく先に、「時の海 東北 美術館」が拓く未来の風景があるのかもしれません。







